被災地の今

2012-07-23

被災地の今を見てきました。私が行ったところは松島から約30分ほど行ったところ
で、東松島市の付近に行ってきました。震災後に初めて家族で行ったのでお世話になった
先輩のところへ行くということで、何か出来ればと思って行ったのですが逆に色々と
お世話になってしまいました。

仙台で待ち合わせをして、待っている間にスーパーで私も妻も大好きなフッチョのざくろスパークリングを
買って飲んでいると、震災の半年前に合った先輩は髪がロングになっていてちょっとビックリ
しましたが、子供たちもすぐ馴染み先輩にくっついて歩いていました。

先輩のマンションも1回は津波が来て浸水してしまいましたが、先輩のご自宅は5階だったので
津波からは免れたようですが、地震でお部屋の中はぐちゃぐちゃになってしまったそうです。
また敷地に止めていた車は流されてしまったそうです。

たまたま実家に戻られていた先輩の奥さまは、やはりお家を津波で流されてしまい4か月の間も
体育館でお母様とおられたそうです。体験を色々と語っていただき、テレビでは分からないことを語って
いただき私も含めて家族も大変心を打たれました。

その後は、テレビでも紹介されていたJR仙石線の野蒜駅に行き津波の怖さをあらためて知り
時計も壊れてその時を刻んで置かれていました。駅前に津波の時の写真を見せてくれ当時のお話を聞かせてくれる
女性の方がおられ、1.5KM先の海岸の松林から超えてきた津波があっという間に人や車・流木・お家が流されて
来てすべてを飲みこんでしまったと話されていました。松林に人が引っかかってしまっていたとのこと。

これ以上は、記載できる内容でないのでこの辺で止めておきますがテレビでは知らない現実を教えて頂きました。
その方も話されていましたが、現場の写真を撮られるのは今でも複雑な気持ちだけどこのことを
忘れないためにもまた、次へこのことを伝えていかなくてはいけないからとも複雑な胸の内を
話されているのを聞いてぐっと来てしまいました。

この震災の出来事を当然忘れてはいけないし、次への世代や知らない方に伝えていかなくてはいけない
と思い記載しました。是非、風化させないように心がけて行きたいと思います。

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